金容崙   japanese korean  
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我々の人生を盛る皿 岩のように 生と器 韓国陶芸と金容崙
     
  土への還元
 
 
陶器は人間が発明した錬金術(アルケミ)の一つです。1200度を超える高温により酸化または還元させることにより土が宝石に変わるという陶器は現代科学の以前に神秘なものです。
質量不変の法則に適用されながらも形質の変化を起こす陶器の製作の技術そのものが一つの神秘性でしょう。火を媒介にする陶器は、半分は火、すなわち窯のクオータです。しかし、陶器を焼く過程をみると、酸素を含んだ風こそが大事な役割を果たしています。風と火の作用により、器を造る人の意志とは関係のない、予想もなしえないものを造り上げることがあります。これを窯変といい、直言すれば火の調和といえます。思いもよらない器に仕上がるのもこのような窯変の作用のおかげなのです。創作をする作家自身が安定性のあるガスまたは電気を使用せずに、わざわざ昔ながらの木薪を焚く峰輿を選ぶのも窯変を期待しているからです。
しかしキムヨンユンは窯変を期待する作家ではありません。真摯に作業する中で自分の期待値に至ることに満足するのです。窯変によって珍しい器が得られるという考えそのものを捨てて作業しているのです。彼は昔の陶工たちのように、日々作業することを実に楽しんでいます。いくら火の調和と言っても経験値により器の仕上がりを予想することもできます。はじめから自分の思い通りに仕上がることを期待するのもこの為なのです。
このような姿勢は、陶芸を、創作陶芸というより生活陶芸として大きく意味付けていることに起因するのかもしれません。
彼は大学で陶芸を専攻し、創作陶芸から入門したのですが、創作陶芸をする中で器が持つ本当の意味を振り返るようになりました。いくら時代が変わったと言っても器の效用性はその実用性にあるという自覚でした。器に骨董の価値が与えられて鑑賞の用途を持つようになったのですが、陶芸の始めは日常生活の容器を作る事に過ぎません。
それなら芸術的な価値を論ずる前に器の本来の目的に充実することが理想的だと判断したのです。
今日彼が創作の陶芸をしながらも生活の陶磁器により大きい関心を持っているのはここに起因しています。彼は大学で講義をしながらも、またアーティストとして、仕事に大きなやりがいを感じています。彼の仕事の方向性を見れば、彼自身がどこに比重を置いているのか一目瞭然です。
このように彼の作業は生活陶芸が中心を成しています。しかし単純に実用性だけを考えているのでありません。器が持つ外的な形態は実用性とともに美的鑑賞の対象になるということを忘れてはいないからです。陶器が骨董の価値を持つというのは、実用性よりその形態の美しさのためであるかも知れません。実用性だけを考慮すると、創作による芸術的な価値を論ずる必要がなくなります。やはり、このような創作の問題を実用性以外にもう一つの価値として受け入れる必要があります。しかし、彼は実用性より芸術性を優先させるという論理には関心がないのです。昔の陶工たちが無名性に応じたように、ただ器を作り出すアーティスト的な方式に喜びを感じているのです。

 
     
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